まるで水のような

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 ワインは洋酒好きの上司に引き取ってもらった。大好きだった日本酒は、いつも酒を送ってくれる実家に送り返した。そうすれば、二度と僕の所に酒を送ってきたりしない。  飲みかけだった上善如水は、台所のシンクに流した。それが、けじめだと思ったからだ。その日以来、シンクを満たしたあの澄んだ甘い香りを忘れたことはない。  同じ香りが、今、コップの中の水から漂っている。あの日の別れが間違いだったとでも言わんばかりに。  そうだ。僕は、それまでの長い人生を支えてくれた酒を、あっさりと捨ててしまった。楽しかった時ばかりじゃない。就職活動で五十社目の不採用通知を受け取った時、初めての大仕事で遅刻して契約を切られた時、慕い続けた先輩の転職の話を聞いた時――辛かった時は、いつでもそこに酒があった。なのに、僕は……。  それは、別れを告げた彼女の後姿に、何も言えなかった僕そのものだった。警察まで迎えに来てくれたというのに、僕はただ自分のことを責めるばかりで、彼女の気持ちを考えられなかったのだ。  だから、合コンに行っても、みんなが酒に酔って盛り上がっていくのを、頬杖を突きながら眺めているだけだった。女の子たちが、僕を軽蔑のまなざしで見てくれれば、彼女への罪に対する罰になると思っていたのだ。
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