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「ねえ、新人くん」 「はい」 「これちょっと書いて欲しいんだけど」 「これですか? わかりました」  俺は頼まれた書類に手書きで記入をしていく。 「できました」 「はい、ありがとう。…………うっ……」  俺が持っていった書類を受け取り、見た瞬間に険しい表情をされる。 「……なにか間違えてました?」 「いや、間違えてはないんだけどね…………ちょっと読みづらいというか……」 「……あっ」  そう言われて気づいた。いつも通りの綺麗な字を書いてしまったせいで字が汚いことに。 「すいません! 書き直してきます!」  再び書類を受け取ると書き直す作業をし始める。  しかし丁寧に綺麗に何度書き直そうとしても、全く綺麗に書くことができない。  …………おい、嘘だろ……。  小学生の途中から始めた長所を捨てる行為、それはフィクションの世界の魔法などのように『捨てる』と決めたらポンッとできなくなるようなものではない。その物事をやらなくてはいけなくなった時にできるだけそれを行うことを避けたり、意図的に手を抜いて自分のレベルはこのくらいの低さなんですよと周りに思わせるのだ。  能ある鷹は爪を隠す。その予定だった。しかし今気づいてしまった。爪を長年隠し続けていたため気づかなかったが、いざ使おうとした時には既にいつのまにか爪が無くなってしまっていたことに。  過去にどうやって綺麗な字を書いていたのかわからない。まさかこんなことになるとは思わなかった。  とりあえず現状はこのレベルで許してもらえることになったため、悔しいながらも一安心する。  そして働き始めてからというものどんどん気づかされることになった。長所を捨てるために重要なことを意図的ながらも疎かにしたまま生きてきたせいで、学力や体力、コミュニケーションの取り方や咄嗟の頭の機転など基礎的なことを含め色々なことが全然ままならなかった。  このままではいけない。これではせっかく親の呪縛から解放されたのに、学生時代の二の舞になってしまう。何年も前のことだとしても元はできたことだ。本気で取り組めばまた優れた実力を発揮できるようになるはず。そう思いながら過去に捨ててしまった長所を努力で再び取り戻すことにした。
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