毒入りポップコーン事件

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 私は答える。 「確かに、仕事は忙しいですね。でも、映画館にいると落ち着くって言うか。私の心のオアシスみたいなところがあるので。だから大変と言うよりは、むしろ……」 「むしろ?」 「許しがたいことの方が多いですかね」  先輩は驚いたような顔をして、作業に戻った。上映の終わった映画館は、二人でいるにはあまりに広く、静かである。室内に響くほうきの音を聞きながら、まずいことを言ったかも知れない、と思った。私は沈黙に耐えきれなくなり、座席の方を指さしながら、先輩に言った。 「例えば、これとか」  先輩が私の方に近づく。そこには、手つかずで放置されたポップコーンが置いてあった。二つの席の間の肘掛けに置いてあるのを見ると、おそらく二人で一つのポップコーンを買ったのだと思う。ポップコーンが置いてあるのと反対の肘掛けには、それぞれドリンクの空コップが置かれており、二人で映画を見たのだと分かった。 「見てください。全く、ポップコーンに手をつけていません」 私はわざとらしい口調で続けた。 「映画館と言えばポップコーン、ポップコーンと言えば映画館。それなのにポップコーンに全く手をつけないとは、本当に許しがたい!」  先輩は、「そういうこと」と笑いながら続けた。 「確かに、これは許しがたいね。全然手をつけてない。食べちゃおうかな」 先輩は、手つかずのポップコーンの山から一つをつまんで、口へと運ぼうとした。そのとき、私の中にふと疑問がわき上がった。 「どうして、手つかずのポップコーンが残っているんでしょう」  先輩が手を止める。 「さあ、食べる暇が無かったとか?」 「そんな人がそもそも買いますかね、ポップコーン」  考えてみると、わざわざポップコーンを買っておいて、手つかずのまま置いていくというのは明らかにおかしい。せっかく買ったポップコーンだ。少しでも食べていくというのが自然だろう。手つかずのポップコーンは、ビニール袋に包まれ、中にはバターソースが光っている。殆ど手をつけていないのではない、全く手をつけていないようだ。  ポップコーンを眺めながら、先輩が言う。 「まあ、買ったはいいけど食べなかったって事もあるよ。捨てちゃうのももったいないし、一個ぐらい食べてみようかな」  先輩は再びポップコーンを口に運ぼうとする。私はそれを制止するように言った。 「毒が入ってるかもしれません」
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