毒入りポップコーン事件

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 ちょうど5分が経った。私が「先輩」と言う前に、先輩は口を開いた。 「二人は途中で映画館に入った。理由はポップコーンを買うため。ここまではさっきと一緒だ。けれど、ここからはさっきと違う。ポップコーンを食べずに映画館を出た理由。二人は、ケンカしたんだ」  思わず息をのむ。先輩は続けた。 「男か女か。多分男だと思うが、ポップコーンをどうしても映画館で食べたかった。一方、女はポップコーンなんてどうでもよくて、早く映画が見たかったとする。このスクリーンでやってたのは恋愛映画だ。もしかすると、女の方が見たい映画だったのかも知れない。 今日は休日。それにカップルデーだ。売店が混んでいて、そのうちに二人の仲が悪くなった。スクリーンに入ると、すでに映画は始まっている。ストーリーが追えなくなるのが問題じゃない、ポップコーンを買っていたせいで、すでにストーリーが始まっているのが問題だった。 当然、怒った女の方はポップコーンに手をつけない。男の方も、それを察知して、二つの席の間にポップコーンを置いた。『彼女が食べたら僕も食べよう』って。けれども、お互いにドリンクを飲むだけで、ポップコーンには手がつけられない。 そしていよいよ、女の方が席を立った。男が追いかけて、出て行く。ポップコーンを持っていくわけにもいかず、その場に置いていった。これで、手つかずのポップコーンのできあがりだ。ポップコーンは手つかずだが、毒は入っていない」  先輩は続けた。 「一応、筋は通る。あり得ない話じゃないと、俺は思う」 確かに、筋は通る。今の私では、その論理が間違っていると言うことは出来ない。  けれど、先輩ならどうだろうか。  先輩なら、この理論が本当に合っているか間違っているか、判断がつくはずだ、と思った。 「先輩、この推論は確かに筋が通っています。私には、この推論を間違っているという術がない。」  先輩は、黙ってこちらを見ている。推論を完成させて、喜んでいるという感じではなかった。もしかすると、この推論を考えた時点で、この推論の決定的な矛盾に気づいていたのかも知れない。 「でも、先輩なら分かるはずです。私が掃除に入るまで、入退場の管理をしていたんですよね。一つだけ、聞いてもいいですか。退場する観客の中に、ケンカをして途中退場をしたカップルは居ましたか」 「うん。いなかったよ、一人も」  推論作りは、ふりだしに戻った。
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