15分後の勇気

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「もう、なってる」 「えっ!」 「どうして花島が驚くの」  花島と絡んだ視線が外せなくて、暫く見つめ合ったまま動かなかった。信号が変わって沢山人が流れ始める。わたしはお腹の底がくすぐられているようで可笑しくなってきた。それは口元を緩めた花島も同じようで、ふたりで声を重ねて笑った。 「開業したばかりで忙しいと思うけど、休みの日があれば連絡してよ。夜ご飯ならいつでも行けるから」 「理美容の業界は、火曜日が休みなんだ。だから次の火曜日にデートに誘う。考えておいてくれる?」 「ほんとうに?」 「ほんとうに」 「わかった。期待してる」 「うん…じゃあ、気をつけてね」  花島が片手を上げて手を振り、背中を向けた。うっかり一緒に帰る気持ちでいたわたしは、仕事に戻る花島を失いたくなくてたまらなくなった。  わたしは花島が情熱を傾けてきた仕事に勝てるだろうか。  花島のいちばん近くに居られるだろうか。  遠のくその白いシャツの背中をどうしても引き留めたい衝動に駆られた。いま引き留めなければ、大事なきっかけを失ってしまうと確信していた。 「花島…ぁあ、き、と!」  わたしは自分から離れていく花島の名前を大きく叫んだ。呼び慣れない名前は夕暮れの空に歪な発音で響いた。暁斗と呼ばれた花島が振り返る。変な感覚だった。わたしはこれがいつか普通だと思えるようになることを願った。呼ばれた花島暁斗は、わざわざわたしの前に戻って来てくれた。
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