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わたしは、もう切ってしまったはずの長い後ろ髪を引かれる思いでサロンを出た。街中から見上げる空は、橙と群青の馴れ合わない2つの色に染まり始めていた。冷たい風に当たった頬の温度が一気に奪われ、項を撫でる風が新鮮だった。せっかく長年心の澱となって留まっていた思いを解消できたのに、これで良かったのだろうか、という新たな自問が渦を巻き始めていた。せっかく勇気を持って関わってくれた花島に対して、もっとちゃんとした一歩を踏み出したかった。
冷たい風と街の喧騒の中で交差点の信号が赤く灯り、わたしは立ち止まった。商業施設のビルが立ち並ぶこの賑やかな交差点に、北1条通りは交わらない。
「ゆかり!」
背後から花島の声が追いかけてきた。
「ちょっと、まって…」
腰に手を当てて息を切らせた花島が、真面目な顔を向けている。
「どうしたの?私何か忘れ物した?」
咄嗟に鞄の中を開いて、財布や携帯電話、鍵がある事を確認した。
「あのさ」
「え?」
わざと目を細めておどけた花島は、もう笑顔だった。その後宙を見ながら何かを迷うような間があって、花島はまたわたしを真っ直ぐ見た。
「やっぱり2ヶ月待てない」
言葉が少なくて、言っている意味がわからない。もっと早くパーマのかけ直しが必要だということ律儀に教えに来たのだろうか。
「もっと早く予約したほうが良いの?久しぶりのパーマだし、猫毛だもんね」
「違う。髪じゃなくて、もっと紫に会いたい。俺は変わりたいって思ったいまの紫と、幼馴染としてじゃなくて新しい関係を築きたいと思ってる。急で迷惑だったらごめん…紫はいま、そういう気持ちになれる?」
場違いなほど髪のことを考えていたわたしは、羞恥心を抱きながらも安堵した。そういう意味なら、答えはもう決まっている。
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