15分後の勇気

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「わかった。もう泣かせないよ」  わたしの返した言葉に、花島は吹き出すように笑い、口角の横に笑窪を作った。そして肉厚で柔らかい小指を、何気なく外してしまった。わたしはその温もりを手離したくなくて、反射的に小指に力が入った。また顔を赤くする花島を見て、わたしも頬が熱くなる。 「それ、普通は男が言う言葉だよね」 「そっか、まぁそうだね」 「女の人って、突然ヘアスタイルを変えたくなる衝動があるんだよね、きっと。何かの転機とか、前を向きたい時に。この仕事してるとなんとなくわかるよ」 「じゃあ、わたしの衝動も?」 「うーん、そうだなぁ。沢山悩んで辛い思いをしたのかもしれない。だからどろぼうで逃げてた紫らしく、笑顔がいっぱいの太陽みたいなイメージを髪型にしたんだ。紫は元気なのが一番いいよ」 「そうだったんだ。この明るさがすごく気に入ったよ。ヘッドスパも最高に気持ち良かった。寝ちゃったしね。わたし、今度から花島のサロンに通うってもう決めたの」 「ありがとう。気に入ってもらえて良かった」  花島はにっこり笑い、椅子を出口に向けて回した。 「わたしもいち社会人だし、明るく元気に潔く、の施術料ちゃんと払わせて。花島の今までの努力の対価なんだから」 「ありがとう。でもちょうどオープン記念と友人割引があるから、これだけお願いします」  そんな風に言いながら、花島は提示されていた施術料を半額にしてくれた。 「また2ヶ月くらい経ったら、予約するね。必ず」 「うん。待ってる」   わたしはショルダーバッグを握る手に込められていた力を抜いて、一度だけ振り返る。さっきまで自分の座っていた無人の椅子は、店内に灯された光の中に照らし出されていた。
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