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言い繕う嘘も知れているのか男は夜の暗がりで気のない返事をしただけだった。
「そっか」
「だから、ダブルワークではない、です」
「辛そうだなって」
「え──?」
「疲れてるだろう?」
「そんなことないです」
「そう?」
怖いほどぶれない言い回しに結は追い詰められていく。
「謝恩会の時、呑んでなかったと思ったから」
「あの、帰りたいんですけれど」
結は、話を切った。
これ以上踏み込まれては酔っているせいもあって感情のバランスが取れなかった。
「なんでこんなことしてるんだ?」
どうあっても動かない男を降りきれずに結は路上を気にした。
前方からのタクシーを見付けて手を挙げる。
「ごめんなさい。明日もあるので」
まだ何か言いたげな男から逃げるようにタクシーに飛び乗った。
行き先を告げたあとも結の心臓は落ち着きを取り戻すことはなかった。
(だから、その明日をどうやって過ごせば良いのよ)
客からの連絡が携帯に届いていたが、反応を返さずに日常に戻る。
結の日常は、秘密で作られている。
秘密が面に出ては生活ができなくなる。
その生活も二年目に差し掛かろうとしていた矢先のことだった。
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