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気が付けば自分の時間が消えていて、偽りだらけの表情が増えていった。
違和感に気がつく頃には抜け出せない泥沼の中に沈んでいた。
毎日、職場と部屋の往復に余裕どころか生きる活力さえ奪われていた。
そこに滑り込んだカナタの存在は結の心に破壊を呼び込んでいたといえよう。
扉を潜ると既に客の声がした。
終末の土曜日は人が来る。暇だとか寂しいだとか理由は様々だが結にとっては他人事だった。
いつものように振る舞うつもりが、カウンター席のカナタの姿に自分の顔が凍るのを感じた。
「なんでいるの」
と、口に出す手前で飲み込んで靴を履き替えてカウンターに立つ。客は三人だ。決して忙しくはない。前のように遣り過ごせない。結は営業用の笑顔で客を相手にした。
カナタはママとの会話をしているだけで結にはあまり絡んでは来ない。
知らない振りをして酒を注いでは、別方向へ歩き回る。
内心気まずい雰囲気を抱えての四時間が過ぎて、客も帰ったあとまたふたり取り残される。
そんなときに限って助け船は無かった。
「そんなに余裕がないのか?」
「先輩には関係ないことですから」
「うちもそんなに大きな会社じゃないから、あれだけど」
もう来ないでください。
その一言が出そうになる。
結の心はどこかで欠落していった。
結婚願望はあっても今の世の中甘くはない。人生経験を積む度に男に失望しながら時間は進む。
店員と言う肩書きさえなければ触れることのなかった世界で結は偽りを積み続ける。
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