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一ヶ月が過ぎた頃、カナタはほぼ常連としてスナック「月」に組み込まれていた。
結にしてみればやりづらいことこの上ない。
カナタは客を連れてくる、金払いはいいと申し分ない客になっていた。
それが結をさらに追い詰めていることも知らずに、だ。
結はこのところ仕事の方でも忙しさを増していた。それがストレスとなって精神状態も健康とは言えない状況だった。とにかく売り上げを伸ばそうと、呑めない焼酎に手をつけ始めた。時間が来る頃には魔法のほどけたシンデレラに戻って、客を見送ることが多くなった。化粧ののりも悪ければ肌の調子も悪い。たまの休みに出歩けなくなって、布団で眠って過ごすことが多くなった。
秋はどんどんと深まったある夜。
カナタはカウンターの奥にいた。
「実はさ。イギリスに呼ばれているんだ。仕事の都合で」
「イギリス?」
「そうなんだよ。ママ。今さ、悩んでるんだ」
相槌をうつママとカナタの会話に耳を傾けながら、結は他の客に酒を注いだ。
「また遠いわね。なにしにいくの?」
「開拓事業の支援してくれって。利益は一億」
「一億?!」
「成功すればね」
「でも、その間、イギリスで暮らすんでしょう?」
「そうなんだ。日本には戻れないかも知れない」
「あら、まあ」
結は耳をそばだてながら、カナタが居なくなるという事実に安堵した。生活の邪魔をする人間が居なくなる。そう思ったのだ。
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