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6、自殺にて
簡単なことだった。
ゴミは早く処分すればいいだけだった。
私は部屋が散らかってるからさっさと掃除でもしようって気分で、ホームセンターでロープを買ってきた。
母は昨日からまた容体が悪くなり眠ったままだった。
さっきいつも飲ませる薬をいつも通り母に飲ませてから、私はさっさと自分の部屋に入った。
母が薬を飲む時の顔には、自分はもう長くないかもしれない…という色が浮かんでいた。
私は本で読んだ通り、最も成功率が高く苦しみも少ないという首吊りの準備をした。
天井からホームセンターで買ってきたロープを輪を作って垂らし、台の上に乗った。
すごく簡単なことだった。
何でもっと早く思いつかなかったのだろう。
これだから私はバカだって言うんだ。
馬鹿は死ななきゃ治らない。
遺書なんか書きたくなかった。
私がこの世に生まれてきたことが間違いだと思っているのに、その生存証明を残すなんてバカなことだけは絶対したくなかった。
この世に生まれてきたことが間違いであり、この世にいたことも恥ずかしいのに、何でそんなくだらないものを書く必要があるのか。
そんなものを書きたがるのは、この世に未練たっぷりか、自分を悲劇のヒーロー、ヒロインにしたがっているお涙頂戴野郎だ。
本当は首吊りよりも、まるで魚か豚の肉の切れ端みたいになって犬か何かに食われてしまいたかった。
その方がいかにも笑える。
私は今賭けをしている。
もしあの世に行って(もしそんな世界があるなら)外界を見下ろせるか否かっていうの。
もし見下ろすことが出来たら、自分の死体を笑ってやりたかった。
私の、どうせ死んでも不自然で薄気味悪い顔を見て、思いっきり笑ってやる。
そう思うと笑えてきた。
私はロープの輪の中に首を入れながら、両手で必死にその輪を握りしめながら、声を出して笑っていた。
すると私の中から、例の"私の笑い声"がまるでハモるように聞こえてきた。
今度は抑えた忍び笑いではない。
思いっきり気違いみたいに笑って、私の笑い声とハモっているのだ。
何だこれは?
まるで死ぬ前に「かえるの歌」を輪唱しているような気分になってくる。
この笑い声を止めることは全く出来ない感じだ。
人がゲラゲラ笑っているところで絞首刑になる死刑囚といったところか。
それか絞首刑直前まで看守らとつまらないオヤジな冗談を言い合っていて
「さぁ、時間だから」
と笑いながら絞首刑になるようなものだ。
もう、あらゆることをチャラにしたかった。
全部忘れたい。
そんなのは狡いことだけど、そんな狡さを私はもう許したい。
私が許せばそれでいい。
それを狡いと指摘する人にも、もう会う事はない。
どうでもいいんだ、もう、
そういうこと全部。
もうゴミになるだけだから。
アホみたいな葬式もしてほしくなかった。
死体はどこかのドブにでも捨てておいてほしい。
それかマンホールの下にでも放ってほしい。
ロープが首筋に当たる。
それはまるでカミソリの刃のように冷たく私の首筋に突き刺さってくる感じがしたが、そんな痛みを気にしたくなんかなかった。
私は目を瞑った。
部屋はとても寒いはずなのに熱を帯びている感じだ。
私の呼吸の音が聞こえる。
私の手は、まだロープの輪を掴んだままだ。
怯えているみたいだ。
情けない。
死ぬ度胸もない。
そんなものあるわけない。
死ぬ度胸があるような素晴らしい魂の持ち主なら、こんな人生やっていない。
私は死ぬほど思い詰めて首を吊るのではないし、死ぬ度胸があって死ぬのでもない。
ただ、どうしようもなくてゴミになりたいだけだ。
遺書なんてくだらない未練や生存証明も残せないほどのゴミにだ。
SMの奴隷とかになりたいなんていうのとも違った。
あれは私には女王様という保護者に自分が可哀想な人間だと告白に行っているだけに見える。
そういうことじゃない。
それは嫌だ。
ただ自分を殺せばいいだけなのだ。
人間の告白なんてつまらない。
そんなもの、
ただちょっと変わった人殺しが、要領の悪い人生をやって、それを嘆いているだけだと要約しておけば済むことだった。
告白したがる連中には薄汚い生存への欲望があり、そうやって告白だのなんだのして時間稼ぎをして、本当は生き延びようとしてるだけの話だ。
そんなものは一切くだらない…
と考えていると、自然にロープの輪から手が離れていた。
さっきよりさらにロープの輪が首筋に突き刺さった感じだ。
しかし、そこからはただ痛いだけだった…としか言いようがない。
強烈な笑い声が私の中でこだまする。
私もすごく笑ってるみたいだ。
笑い声のハモリは物凄くおぞましいハモリを形作っているように感じていたが…。
ほとんど覚えていない…
それ以降の事は…、…
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