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最近母が、
「家でいばるのはね、会社で面白くない思いをしてるからなんですってさ。
いばらせてあげな、って、あんたのおばあちゃんがよく言ってたよ」
と言っていた。
「携帯に電話してみた?」
薫は向かい側のソファに座る。
「したに決まってるだろ。出ないよ。メールもした。
返事もない。」
ラインも既読にならないよ、と杉生はうつむく。
おやおや、大威張りしたあげく半泣きね、と薫はため息をつく。
「行先とか、心当たりは?お友達のところとか、
サークル仲間とか。」
「ないね。母さんのシュミになんていちいち付き合ってられるか。
こっちは仕事で忙しい事くらい分かるだろう。」
「じゃあ、叔母さんのとこかなあ。
仲いいじゃない?ちょっとかけてみるよ」
「よせ!」
杉生はいきり立って怒鳴りつける。
「変に思うだろうが。おまえ、バカじゃないのか!」
お怒りモード復活ね、と薫は腹の底からあきれる。
そんなこと見栄はってる場合じゃないのに。
なぜか薫は、大変なことが起こったという切羽詰まった気持ちになれない。
起こるべくして起きたと言うような、変に冷静な気持ちなのだ。
こんな子供じみた男と30年も居たら、誰だって逃げたくなるだろうな、
と思うと迷子の子供に接するような口調になった。
「お父さん、私からかけてみるね。メールも送ってみる。
何かわかったらすぐ連絡するね。今日は帰るわ。
健にも今の所は言わないでおくね。」
「ああ、きっと大したことじゃないからな。」
薫は立ち上がり、コートを着てバッグを肩にかける。
杉生は脚を組み、テレビをつける。
テレビに見入るふりをして、薫の方は見ようともしない。
「あ、冷蔵庫にサラダのパックと牛乳入れといたから。
パンはレンジの上に置いといたよ。じゃあね。」
「ん」
薫は玄関を出ると駅まで走った。
何が「ん」だ。
私はこれから閉店間際のスーパーに飛び込んで
残り物を見て献立を考えながら
大急ぎで買い物して、家に帰れば疲れた体で
仕方なく夕飯を作る。
そんなことも分からないくせに。
お母さんに出ていかれて、当たり前だ。
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