手紙

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いかがお過ごしですか。 風邪などお召しではないでしょうか。 さて、あなた様と離婚したく、お手続きのほどよろしくお願いいたします。 預金をすこしばかりいただきました。 何日もかけて少しづつ、自分の口座にお金を移動させました。 着物の類はお金に換え、 衣類も、大事にしていた食器も、運ばせていただきました。 リビングの絵が変わっていたのにおきづきですか。 前にかけてあったのは、私が実家から持って来た有名画家の静物画です。 二束三文の風景画に変えました。 ガラスケースに飾っていたアンチックドールがなくなっていたのも、 白磁の香炉がなくなっていたのも、お気づきにはならなかったようですね。 新婚の時、あなた様は静物画や香炉の説明をしても、 あまり興味がないようでした。と言うより、つまらない事を聞かせるなという お顔でした。 私の話を遮るようにして、ご自分の実家の家系の自慢を始めた時が 齟齬の始まりだったのかも知れません。 違和感を押し殺し、作り笑顔で聴いていたものです。 お仕事で出世が望めなくなっても、 職場にしがみつき、そこでの面白くない思いを晴らすかのように 私や薫を見下し、横柄な態度で家にいられるのは苦痛でした。 いつの間にか、あなた様の屁理屈も怒号もたまに言うまっとうな話も、 すべて意味のないたわごとに聞こえるようになりました。 何を聞いても頭の芯が冷えてきて、自分が乾いてくるのが分かります。 この人が死んだら自分を取り戻そう、と何度も想いました。 そんな時、私より若い友人が亡くなりました。 人は思いがけなく死ぬ、と分かった時、 やっと、 あなた様が私より早く死ぬと決まったわけではない事に気づきました。 まして、持病の神経痛も年々酷くなってきます。 体が少しでも動くうちに、私は私を取り戻すことにしました。 今は一人で生きて行きます。お元気で。                                かしこ 杉生さま 松波寿美子
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