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緑の届出
杉生が妻に起こされずに目が覚めたのは、
何年ぶりだろうか。
しん、と空気が冷たい。
この季節なら、妻がストーブをつけているはずだから
暖房器具の無い寝室も生暖かい空気が流れているはずなのに。
壁の時計を見て驚く。もう7時半だ。
どうりで障子の向こうが白光りしている。天気がいいのだろう。
見ると、となりにのべられた布団には人が寝た形跡がない。
杉生はあわてて起き上がる。
障子を開けてパジャマのまま廊下に飛び出す。
思った通りいい天気だ。
庭の山茶花が陽光を浴びてちらほらと咲き始めていたが、
杉生の目には入らない。
スリッパも履かず、冷たい廊下をどたどたと足早に通り過ぎる。
「寿美子ぉ、寿美子。」
人の気配がしない。
茶の間のドアを開ける。
庭へ続くガラス戸のカーテンは開いていて、
レースのカーテンだけが掛かっている。
澄んで冷えた空気。長い間人がいなかった事を教えてくれる。
杉生はダイニングテーブルの上に紙を一枚発見した。
近づく。
緑色の線が複雑に引かれている。書類のようだ。
黒で、妻の名前が書かれている。
もう片方は空欄だ。
杉生は書類の名前を見て目を疑う。
「離婚届」
とあった。
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