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怒り
「一体俺が何したって言うんだ!」
「ちょ…ちょっとお父さん、私に怒鳴ったって。」
リビングの長いすで怒鳴る父親に背を向けて、
薫はコンビニ弁当のカラを流しへ持って行く。
ダイニングテーブルには相変わらず離婚届が
朝広げられたままに置かれていた。
母の綺麗なしなやかな筆跡が緑色の枠にはまっている。
なんとなく、わかるけどね、と口には出さないけど薫は思う。
流しに弁当ガラを置くと少し水を入れてリビングに急ぐ。
薫は今日は残業を断った。
定時に会社を出ると、父に電話した。父は会社を早退したと言う。
開口一番に言った事は、夕食の算段をしてほしいと言う事だった。
お母さん作ってくれないの?と聞くと
そのことで来て欲しいと言っているんだ、と怒り出した。
家に帰ればまた食事の支度だ。夫の帰宅はいつになるか分からない。
親とは言え、時間をかけて食事を作る気にはならなかった。
気に喰わない事があるとすぐに声を荒げるのは昔からだが、
最近はとみに脈絡も理屈もなく、感情だけで怒鳴るようになった。
どれだけ自分がエラいと思ってるんだか、とそのたびに思う。
多分、と薫は思う。
今の役職に就いて、会社の出世路線から外れた頃からだ。
あの会社の、今の父の肩書は確か
「もうこれ以上の昇進は望めませんよ。あとはいい歳になったら
関連会社へ送ってあげますからね」
という意味で与えられるものだ。
会社ではみなそのことを知っている。
上司として遇してはいても、盛り立てて何の得もない人になってしまった父は
会社では幅を利かせることができない。
だから余計、家では横柄に君臨して見せるのか。
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