手紙

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手紙

薫からは、次の日連絡が来た。杉生は今日は定時に退社していた。 杉生があれほど何度も電話したのに、寿美子はただの一度も出なかった。 薫が電話するとすぐに出たという。 「お母さん本気みたいよ。離婚届を書いたらすぐに出してって。 もう転出届も、今住んでるところへの転入届も済んでるんですって。」 「なんだって?じゃ、じゃあこれは計画的か!」 冷水を浴びせられる、とはこのことだと思った。 杉生は寿美子を怒鳴ったり、話しかけられても無視したりすることが多かった。 でもそれは、寿美子が杉生を怒らせるような事をするからであり、 飽くまでも被害者は杉生で、 感情を爆発させたり冷たい態度をとったりするのは 被害者の特権でありどこまでも許されるものだと思っていた。 その証拠に寿美子は逆らわず、いつも大人しく無抵抗だったではないか。 かしづくふりをして、陰では着々とこんな酷い企みを 勧めていたと言うのか。 「お父さん、普通どこに住んでるのかとか、元気なのかとか聞かない? 無事でよかったとか。 お父さんには今回の理由を書いた手紙送るって言ってたよ。 一人で生きるんだって。」 薫の口調には杉生への同情が全く感じられなかった。 むしろ、母に味方し、杉生に抗議する気配があった。 「そんな事、できるワケないだろ!働いてもいないくせに!」 「もう少し落ち着いてくれない?箪笥の中とか、戸棚の中とか、 お父さんちょっと覗いてみたら? 寝室とか、居間だって、お母さんのもの、なくなってない? ちょっと気を付けて見れば、お母さんが考えてることのちょっとでも 分かったんじゃないかと思うの。 お父さんってお母さんの事、何だと思っていたの? もう愛情とか、そういう青臭いものなくなっちゃった? お母さんね、自分の欲しいものがやっとわかったって。 ときめきが欲しいんですって。じゃあ、切るわ。 今日は行かないわよ。私には家庭があるの。 健に言うなっていうんだから、いいわよね?」 電話が切れた。
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