会社

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「課長、なにか問題ございましたでしょうか。」 「え?」 顔を上げると、係長が困惑顔で見下ろしている。 肘の下に敷かれている書類には「至急」と 赤字で書いたカードがクリップ止めされていた。 「あ、ああ。悪かった。」 慌てて「課長」欄に押印し、直接手わたす。 係長は困惑顔を崩さず受け取ると、背中を向けた。 杉生は係長が、職員たちに向かって肩をすくめて見せたのにも気づかない。 居なくなった妻とテーブルに載っていた離婚届の事で頭が一杯だった。 頭痛がする。 目の前が真っ白になる。 途中で持ち場を投げ出す悔しさも、体調変化への混乱もなかった。 「斉藤君。」 杉生はたった今席につき、隣の社員とひそひそ何か話している係長を呼んだ。 びくっとして係長がこちらを向く。 「早退する。あとたのむ」 大丈夫ですか、の声一つなくジロジロ張り付いてくる視線にも気づかず、 とにかく背広を着てエレベーターに乗った。 ズボンのポケットを探って携帯を出す。 震える手で耳まで持って行く。 「お父さん?おはよう。珍しいね。」 寿美子によく似た抑揚の、よく似た声が耳の奥まで刺さるように響く。 「薫、……うん。悪いんだが、今日寄ってくれないか。」 「え、いいけど。どうした」 の?まで言わせず電話を切る。 エレベーターの扉が開いた。転げるように外へ出る。 正面玄関の自動ドアにぶつかり、吐き出されるように屋外に出ると 陽光が襲ってきた。
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