1.堀越君の事情

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そのとき、そのオーラバリバリのお客さんが、少し俯いてコホコホッと咳き込んだ。 「失礼」 やや俯いたまま、彼は上品な謝罪の言葉を口にした。 その声がだいぶ掠れていたし、買ったものからしても相当喉を痛めているんだろうなぁと思って、堀越は何気なくカウンターの下にちょうど積んであった試供品のマスクを掴んで袋に入れる。 「こちら試供品なので、よかったらどうぞ」 「ああ、ありがとう」 お客さんはふっと微笑んだ。 イケメンの笑顔は破壊力あるなぁ。 堀越は、電子マネーでスマートに決済するお客さんの手元を見つめて、何故かドギマギする自分を落ち着かせようと深く息を吐く。 「ありがとうございました」 いつもの間延びした語尾にならなかったのは、相手の雰囲気に完全に呑まれていたせいか。 必要以上に下げていた頭を上げると、既にドアから出るところだったイケメンが振り返った。 もう一度、ふっと微笑みを浮かべて軽く頭を下げ、その笑顔で再度堀越の心臓をぐいっと締め上げて、ドアの向こうに去っていく。 「イケメン、恐るべし…っ!」 誰もいなくなった店内で、堀越はへなへなとカウンターの下にしゃがみこんだ。 先程まで、自分の顔がもうちょっとでいいからインパクトあったらよかったのに…と落ち込んでいただけに、世の中の不条理をしみじみと噛み締める。 「天は与えるとこには与えまくってんだなぁ」 まあ、ああいう人物が身の回りにいなかっただけマシだったのかも、と思い直して、彼は立ち上がった。 背の高さだけが取り柄の自分の回りに、背も顔も立ち居振舞いも完璧なあんな男がいたら、今よりもっと悲惨なことになるのは目に見えている。 「あー、そうだ。も1回グループデートできるようにセッティングしてもらおっと」 あまりにも非現実的なイケメンのおかげか、なんだか妙に現実と向き合う気持ちになった堀越は、もう一度会えばもう少しインパクトを残せるかも…と前向きな気持ちになって、うんうん、と独りうなづいたのだった。
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