後妻ビジネス 180925

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 数日後、美奈子が病院へ見舞いに来た。  こちらに挨拶もせず帰ろうとするので、「加藤さん」と呼び止めてみた。  鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、美奈子がこちちらを見た。  俺は若い頃ジゴロと慣らした微笑みを、左頬に作ってみた。ジゴロ。久しぶりだ。  「何でしょうか?」と少し硬い声で美奈子が聞くので、「旦那様のことで」と丁寧過ぎる言い回しをしてみた。  「はい?」虚を突かれて目を丸くする。  なかなかかわいいじゃないか。四十三~四歳か。俺の少し下くらいの年代。  「先日ある方がお見えになりましてね」と続ける。  「ある方?」聞き返してくる。聞き捨てならないという顔だ。  そこで俺は手招きして、自分の診察室へ美奈子を招き入れた。素直に入ってくる。ドキドキしているのだろう。顔が上気している。扉を閉め、一呼吸置く。  「一郎さんがみえたんです」ゆっくりと言う。  美奈子の目が見開かれていく。  大きな目。  その瞳の中心で瞳孔が開いていく。  「えっ」とも言えなかった。ただ言葉に詰まる。絶句している。  「あなた、奥様でいらしたんですね?」疑問形で投げかける。  「はい」美奈子は肯定せざるを得ない。  「息子さん心配そうでしたよ」畳みかける。  「えっ、何て?」台詞になっていない。  「お父さんは認知症なんかじゃないですよね」このセリフをゆっくり言う。噛んで含めるように。  俺の目の前で美奈子の瞳孔が更に開いていく。  「と、一郎さんから問い正されました」そう付け加えると美奈子が少し息を吐いた。  かわいい人だな、と思う。  「勿論」と俺は続ける。  「勿論、何と?」美奈子が更に先を求めてくる。  美奈子さんは何をお望みで? 俺はそう口には出さなかった。口に出す代わりに瞳でそう問いかけてみる。すると美奈子の眉が絶妙な角度に動いて、哀願する目になった。  この女。外観は昔おニャン子クラブに出ていたアイドルみたいに幼い顔立ちだが、実は百戦錬磨なのか。事実、さっきまでの哀願する目が既に変化して、誘惑する目に変わりつつある。瞳に潤いがもたらされている。こんな目で迫られたら、爺さんなんて一発コロリだろう。  加藤五六。元不動産会社社長。遺産は少なく見積もって八億円。隠し資産もあるだろうから多分十億円は下るまい。興信所を使って調べさせておいた。
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