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「はい」と差し出されたその本を、私は丁重に受け取った。ずっしりと重たかった。
「ありがとう。これで心置きなく行けるよ」
「最期の最後に望むものが本だなんて、お姉ちゃんは本当に本の虫だね。誇りに思うのを通り越して、あきれちゃうよ」
「なにそれ、ほめてるのかけなしてるのかわからないし」
私は目じりに浮かんだ涙をぬぐった。きっと妹は、私を笑顔にして送り出そうとしているのだ。醜い姉妹ゲンカをしたこともあったけれど、もうこれでお別れ。
遠くから列車の音が聞こえている。どうやら、そこまでお迎えが来てるみたい。昔絵本で読んだ銀河鉄道の夜みたいで、少しわくわくする。
「あ、ところで」
窓を開けて景色を見ようと思ったところで、私はふとよぎった疑問を口にする。
「小春がこの本を持ちだしたとき、私はまだ生きてたのかな?」
「さあね……死んだ人がベッドに横になっていても、ふつうは眠ってると思うんじゃない?」
「ふむ、たしかに。いやあ、自分がどうして死ぬ羽目になったのか、いまいちはっきりしなくてさあ……」
私は本の表紙を指でなぞる。『真夜中の侵入者』というタイトルが、凝った装丁で浮き上がらせてある。どうして今まで忘れていたんだろう?
パラパラとページをめくると、それまで思い出せなかった内容が、突然閃光みたいにフラッシュバックした。それは推理小説で、寝ているうちに殺されてしまった被害者が、成仏できずに犯人捜しをするというストーリーだった。それと同時に、ほんの断片しか残っていなかった私の生前の記憶が、ひとつの連続したシーンとしてよみがえった。
寝ているあいだに、妹が部屋に侵入する。私は物音に気づいてうっすらと目を開ける。妹はベッドのわきに立ち、『真夜中の侵入者』に手を伸ばす。しかし私は直感的に、本をとられまいとして抱えこむ。妹も、小さく悪態をつきながら引っぱる。寝ぼけたままの私はだんだん不利な形勢になるが、最後の最後に力を振り絞って分厚い本を引き戻す。妹の手から本が離れる。コマ送りのようなスピードで、本が私の頭上に落ちてくる。私は目をつぶり、次の瞬間、強い衝撃で天地がひっくり返ったような感覚を味わい、つかの間の記憶と本の内容を一気に喪失し、ブラックアウト。
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