夏鍋

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慌てて真っ赤な水を口に流し込んだが、思った通り水も鍋同様に激辛である。 俺の箸はたった一口で完全に動きを止めだが、他のやつも同じだ。 皆、苦悶の表情を浮かべてお互いを探りあい、長期戦になると思われたその瞬間。 家主の男だけは一気にスピードアップした。 「ありえねぇ・・・」 「辛くないのかよ・・・」 呆気にとられる俺たち三人の視線を顧みることなくそいつは唐辛子を口にかきこんでから、赤い水で一気に飲み込む。 もちろん時折辛そうに眉を歪ませるが、それでも留まることを知らない。 こうしちゃいれないと俺たち3人も再び唐辛子に箸を付けるが、やはり辛いものは辛い。 結局、10分後には一口二口で止まった俺たちと二杯も完食した家主の男では勝敗は明らか。 俺たちは敗者は都合一人頭5千円もの大金を払わされて夏鍋は終わりを迎え、一月以上たった家主の雄姿は武勇伝のように語り継がれている。 でも、今でもまだ不思議に思うことがある。 もちろん奴は俺たちと同じ鍋から器に唐辛子をよそっていたのは誰もが見ていたし、そこには疑う余地もない。 ただ、隣に座っていた俺だけが気づいていたのかもしれないが、なぜ奴の水からはほんのりとトマトの香りがしていたのか・・? それだけが小さな疑念を残し続けている・・・。
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