第1章

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先生は、相談事を話すときの癖である、こめかみに人差し指を擦る仕草で僕を呼び止めた。 「オレンジ色のカーネーションの花色の件だけど、予算つけようか?」 「いいえ、特別いりませんよ。自由研究みたいなものだから」 「でも、液クロのカラムだとか、それに使う有機溶媒だとか色々かさむよ」 「そうなんですか? 僕、よくわからなくて」 「大学の友人に聞いておくね。面白そうな課題なんで、3年生に手伝わせてもいいし」 「来年、課題化すれば予算もつく」 「何だ、先生。科研費、予算獲得の戦略じゃないですか」 先生はニヤニヤ微笑む。 まず、ゲル作りに取り掛かる。アクリルアミドは劇物であるので注意する。 凍結してあるバラの葉からの酵素抽出は楽ではない。マイナス10℃の冷暗室で、乳鉢に葉と少量の石英砂、バッファーを適量加え乳棒で抽出を行う。この作業は春でも、夏でもスキーウエアを着て行う。 「さて、抽出よし、ゲルよし、電気泳動準備よし」 工場の安全確認ではないが、指差呼称し実験するのが僕のくせ。先輩から叩き込まれた。 冷暗室に1時間もいたので、春の外に出て背伸びをする。 もう終わりそうな桜の花びらが宙を舞い、アカシアの花の咲く校舎。 丘を上がってくる女の子。 恵ちゃんだ。 右手に大きめの荷物を抱えている。何だろう?     
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