第1章

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「ああ、あるよ。でも専門的なことは書いていない。目で見た花色、生産性や茎の強さ、病害抵抗性みたいなものをデータベース化してあるが、遺伝子型がどうとか、色素が何かとかまでは解らないから書いていない」 おじさんは、十数冊ある中の一冊のノートを取り出す。 「こんな風に」 僕は手に取り目を通す。 そこには、素材番号、例えばA65とか、色は黄色、後代の生育よし。花粉量多。などなど交配親のメモ書きがぎっしり並んいる。 交配記録は、雌 x 雄、例えば A62 x B24、ラベル番号212ー218などと記録されている。 おじさんは、別なノートを見せてくれる。 「これは、一次選抜ノート。つまり、得られた種子の実生群の記録だよ」 「別なハウスに植えてある」 そのノートには、得られた実生の花色別割合、模様の有無など花色を中心とした情報が細かく記載されている。 「おじさん、交配後代の実生を1万株も一つ一つ調べているんですか?」 おじさんは笑う。 「そんな暇ないよ」 「俺自身が命名した、バードウォッチング法という、実生全体をパッと見渡して、この交配群は、赤が何パーセント、薄オレンジに赤の条が何パーセントと、即時に感じた割合を記入しているんだ」 「気になる花色のものは、もちろん細かくその詳細と写真を記載する」 「すごいじゃないですか! それ!」 「いやいや、30年も育種を続けていると、だいたい出来るようになるもんだよ」     
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