その男、水槽

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『ァギィヤァァァァァアアアアアア!!』 「あー、本当にその音俺嫌いなんだよね。痛いしうるさいから」  ゾゾゾゾゾと背筋にくる音を立てて影から一匹二匹と金魚が現れる。それらについている三つの目玉は、餌を目の前に喜ぶようにギラギラと光っていた。  形勢逆転。金魚は龍真に触れようとした手共に喰らいつく。たちまちに手は赤共に食い散らかされていった。一本、一本と丁寧に、食べ残しなどないぐらい綺麗にたいらげていく。  金魚が喰らう度に、本体と思われる顔は悍ましい雄叫びをあげる。苦痛を孕んだその声は、加虐性を煽るのに充分だった。  龍真の緑の瞳が無慈悲に光った。口角を釣り上げ獲物を指さす。一方的な暴力が勢いを弱めるどころか、段々と激しくなっていく。 「だからさぁ」  もう最後の一本の手も喰い終わった。最期に動くことも出来ないであろう獲物に、ひときわ大きいあの金魚が一目散に飛びかかる。 「消えろよ」 ───パクリ。金魚が口を閉ざせばもうそこには何もいなかった。  金魚龍真、二十代後半、男性。好きな物はタバコ、甘い物、惰眠。嫌いなものは痛い事、働く事、ボランティア。駄菓子屋「葉月」に四年前から居るフリーター。顔だけはいい。額についてるひとつのホクロと八重歯がチャームポイント。ついでに言うと性癖に難あり。  一見ただの社会不適合者な彼には、とある憑物が憑いてる。その憑物のおかげで金魚龍真は生きていてると言ってもある意味過言ではない。  その憑物は世にも珍しい『憑物(同族)を喰らう憑物(金魚)』。どんな凶暴な憑物でも数の暴力で食べ尽くしてしまうために、龍真は憑物に対して圧倒的な強さを持っている。そのため裏で憑物を扱う八月一日に憑かれたモノの力を見出されて、こうして度々退治を行ったりするようになった。  食事を終えた彼らは、龍真の周りを漂ってから影の中へと戻っていく。色とりどりの魚影が影に戻ってきた。最後に大きな金魚が龍真の顔の正面に浮かぶ。空中を水中のように漂うそれは、美しい尾鰭をゆらゆら揺らしている。 「今日もご苦労さん」  金魚達のヌシだろうソイツの膨らんだ頭を撫でた。美しいそれもやはり三ツ目で、一部の鱗が黄色になっており、雷のような模様がついている。  感情のない目がこちらを見る。その目に映る自分はいつもの人のいい顔になっていた。 「じゃ、本体(……)探しますか」
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