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「クビも辞さない」
ヒクリ、と喉がひきつる。目の前にいるのはたかが子供のはずなのに、その小さい身体から発せられる威圧感に、龍真の背骨を氷の手が握っている感覚に陥った。冷や汗が頬から、脇から、背筋から流れる。
すぐさま身体を起こし、足を折り曲げ指を三つ揃え頭を下げる体制……土下座の体制をとった。
「すみませんこれから誠心誠意努力します何卒クビだけは、クビだけは……!」
「ここから出たら住み込みの君はホームレスに早戻りだね。なんて可哀想な事なんだろう。しかし仕方ないな、働かない人を養えるほど私は裕福ではないし……」
「ああー!俺今すごーく働きたいなー!とっても労働したい気分ー!ちょっと店先の掃除してくるねぅ!」
即刻退場。逃げるようにほうきを探しに二階へ上がる。ヨヨヨ、と泣き真似をしていた八月一日はスンッと泣き真似を辞め逃げ去る龍真の背中を眺めた。
「ついでに買い物も頼んだよ。豆腐がちょうど切れているんだ。帰ってきたら昼食にしてあげるからね。」
「ねぅー!」
奇妙な鳴き声を発してお気に入りのパーカーを羽織り、財布のみを持って降りてくる。そのまま八月一日に目を向けることなく颯爽と服の裾を翻して暑い夏空の元へと消えていった。一人残された八月一日は、せっかくやる気に満ちてくれた様なので後でほうきを出しといてやろうと一人頷いた。
そんな彼らの営む駄菓子屋「葉月」は坂の上にある。坂の下には小学校と中々にいい立地にあるおかげで小学生とは顔見知りが多い。おやつを買うついでに相談をしてくる子供も多く、それは夏休みでも変わらない事だった。
大量の汗をかき、ひぃこらひぃこらと肩で息をしながらひんやりとした店内に帰ってきた龍真の目の前には興奮した小学生達が八月一日を囲んでなにやら騒いでいた。
「本当だってー!」「すごく怖かったんだからな!」「あれ絶対幽霊だって!」「はっちー妖怪退治して」「はっちー仲間でしょ!?」
「はいはい、エンガチョエンガチョ。これで妖怪退治お終い。……700円もよく買ったね、はい商品」
「もっと真剣になって」
「……何してるんでせうか?」
騒ぐ子供たちを軽くあしらって会計を進める八月一日の横に買ってきた物を置いた。
「あー!キンキン!キンキン聞いてよー!」
直ぐにいちばん元気な子供に腕を掴まれる。 面倒事だと顔に隠すことも無く表す龍真を無視して話し始めた。
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