その男、水槽

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 ただ降るだけの坂道を走りぬけ、迷うこと無く小学校の校門前に到着する。案の定扉は固く閉ざされていた。しかし、龍真にはそんな物お構い無しと堂々と扉の前に立つ。 「んじゃ憑物退治、始めますか」  龍真が軽くその場で飛び跳ねた瞬間、影が生き物のように大きく蠢いた。  ゴポゴポと音を立てて蠢くそれはまるで水が吹きでる水面のようだ。龍真が最高到達点へ来た時、黒の足元から段々と鮮やかな色彩が認識できた。  そして 「おおおおお!?揺れる揺れる!?もっと優しく運んで!?」  ザザザァ!と音を響かせ、影から無数の赤や橙が這い上がってくる。それは龍真の足元に集まり、足場となって扉の上を飛び越えた。  とん、と軽やかに先程とは反対の地面へと足をつける。影はポチャリと水ノ跳ねる音を立てて、シンと静かになった。 「ふぃ、ありがとねぅー」  腰を屈め影にトントンと手を当てる。するとプカリ、と赤とオレンジの混ざった巨大な金魚が顔を出した。だいたい頭がバスケットボールぐらいの金魚は、感情の読めない目を龍真にしばらく向けた後何事もないように影の中へと戻って行く。再び静かになった影には、よくよく見ると淡い色をした魚影達がちらほら見えた。昼間では見えにくいそれは月の光を受けて静かに輝いている。水面の影が顔にかかった。  ───気づけば自分に取り憑いたこの金魚と出会ってから長い月日が経っているな。  ふるふると頭をふって思考を変える。今日は別の憑物の退治に来たのだ。さっさと帰ってビールでも飲もうと龍真はトイレへと向かった。  真っ直ぐに目的地に向かえばほんの数分でたどり着いた。学校の端の方にあるそこは特に何の変哲もない、汚くほんのり臭う野外のトイレだ。辺りには当たり前だが誰もいない。 「全く、一体全体どんなやつがこんなトイレなんかに取り憑いてるんだか」  ぶつくさ言いながら近寄ってみる。足元の金魚達がザワザワとザワついているので、きっと中には憑物がいるのだろう。息を軽くついて気を引き締めた。  近付くにつれ、トイレ独特の臭いに混じって腐った肉のような臭いが立ち込めた。  この臭いには覚えがある。冷や汗をひとつかき、息を吸う度に肺が腐るような淀んだ空気、重苦しい『拒絶』を感じる気配に向かって足を進めた。 「……力、めちゃくちゃつけてるじゃん」  龍真は帰りたい気持ちにそっと蓋をした。
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