Phase.4 ランズエンドでもう一度

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 午前三時になろうとするときだ。 「わたしそろそろ、那智さん自身の、本当のことが聞きたいんです」  ついに言うと九王沢さんは僕にあの小冊子を預けてきた。僕の最低の駄作、『ランズエンド』が掲載されたあの会報誌だ。 「これ…」  さすがに尻込みした。  僕はちゃんと、こいつと向き合って九王沢さんと話が出来るのか。  今もって判らない。  確かにまだそこにあるはずの気持ちと言葉の容量への不均衡を、僕ははっきりとまだ心の中に感じてはいた。でもそれは不思議なことに、折角ここまで寄り添ってくれた九王沢さんを前にしたなら、その提案を蹴るほどに、不可解でいて頼りないものではなくなってきているのだ。  僕は即座に決意した。 (話そう)  それしかない。  いやむしろ、僕は語りながらでこそ、九王沢さんと向き合わなくちゃならないのだ。  論理と直感を積み重ねて、地の果てから。  こんなていたらくの僕にまでたどり着いた、九王沢さんのために。 「じゃあ、まず、二人で読み合わせをしましょうか。いつもする、サークルの合評会みたいに」  初めからそのつもりで用意してきたのか、手提げの中から九王沢さんはいそいそと同じ一冊を取り出す。それから本当に嬉しそうに身震いすると僕の隣に座りこんだ。そこはベッドの傍、カーペットの上のほんの狭いスペースだ。  テキストを持つ自分の肩越しに、九王沢さんの存在が確かにあることを感じ、思わずそれが信じられないように見返すと、彼女はその驚愕ごと受け止めようとするように、ふんわりと笑った。 「読みましょう」  そんな九王沢さんに言われて。  僕は実際はそこに存在しない、二度と開くことはないはずのないその一ページ目を、心の中で開いたのだ。  全く、何から何まで九王沢さんの言う通りだった。  この世ならぬ彼岸(ランズエンド)に、僕は確かに自分自身を置いてきたままにしてしまっていたのだ。  今、そこへもう一度。  僕はもう一度、物語をこころみた。
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