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午前三時になろうとするときだ。
「わたしそろそろ、那智さん自身の、本当のことが聞きたいんです」
ついに言うと九王沢さんは僕にあの小冊子を預けてきた。僕の最低の駄作、『ランズエンド』が掲載されたあの会報誌だ。
「これ…」
さすがに尻込みした。
僕はちゃんと、こいつと向き合って九王沢さんと話が出来るのか。
今もって判らない。
確かにまだそこにあるはずの気持ちと言葉の容量への不均衡を、僕ははっきりとまだ心の中に感じてはいた。でもそれは不思議なことに、折角ここまで寄り添ってくれた九王沢さんを前にしたなら、その提案を蹴るほどに、不可解でいて頼りないものではなくなってきているのだ。
僕は即座に決意した。
(話そう)
それしかない。
いやむしろ、僕は語りながらでこそ、九王沢さんと向き合わなくちゃならないのだ。
論理と直感を積み重ねて、地の果てから。
こんなていたらくの僕にまでたどり着いた、九王沢さんのために。
「じゃあ、まず、二人で読み合わせをしましょうか。いつもする、サークルの合評会みたいに」
初めからそのつもりで用意してきたのか、手提げの中から九王沢さんはいそいそと同じ一冊を取り出す。それから本当に嬉しそうに身震いすると僕の隣に座りこんだ。そこはベッドの傍、カーペットの上のほんの狭いスペースだ。
テキストを持つ自分の肩越しに、九王沢さんの存在が確かにあることを感じ、思わずそれが信じられないように見返すと、彼女はその驚愕ごと受け止めようとするように、ふんわりと笑った。
「読みましょう」
そんな九王沢さんに言われて。
僕は実際はそこに存在しない、二度と開くことはないはずのないその一ページ目を、心の中で開いたのだ。
全く、何から何まで九王沢さんの言う通りだった。
この世ならぬ彼岸に、僕は確かに自分自身を置いてきたままにしてしまっていたのだ。
今、そこへもう一度。
僕はもう一度、物語をこころみた。
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