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『ランズエンド』。
そのタイトルを思いついたときに、僕の頭の中に自然と映像が入ってきたのだ。
彼女がいた風景。
そして、僕があの日浴びた夕暮れの光線。
その不可解な陽射し。
とにかくただ、事実だけを言おう。
僕は僕が出会った現実を、あったことそのままに表現することが出来なかった。
僕たちの間で内包された空気や感覚そのままに。なぜなら本当はそれがあったことそのものより、何より重要だったから。物事の経過や筋をただ追うことでは、表現しきれない多くのものがあったはずだったのにそれをすべて亡くしてしまったから。そして今の僕にとってはまだそれは、いぜん一貫として不可解さの塊そのものだったのだ。
全く不可解なまま、物語を描くことは本来、誰にも出来ない。何か物事を表現するときには、たとえただの断片に過ぎなくても、自分なりの把握と納得が必要なのだ。僕にはそれが出来なかった。そこでただ徒に皆が妥協できるような凡庸な解釈と結末を与え、形ばかりの物語にしてしまったのだ。
そこで本当にあったはずの文脈を、僕が安易に走って殺してしまった、そのことは認めざるをえない。
これもいわば、作家の悪夢の一つだ。
「確かに、人間に喩えれば、これは間違って埋葬された遺体です」
九王沢さんはぎょっとするような表現で、僕の意図を汲んだ。
「しかしどこで間違いが犯されたのか分かれば、正しい場所へ葬ってあげることが出来ます。まずはそれには、遺体を生前の元の姿に復元する作業が必要なのです」
「元の姿に復元する?」
「はい、出来ないことはないと思います」
九王沢さんは『ランズエンド』のページを開くと、言った。
「那智さんもさっき、同じようなことを話していたはずです。作家は自分の立場から逃れることは出来ない。自分を表現せざるを得ないんです。たとえそこに、いくらフィクションと言うイミテーションを織り交ぜようと」
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