Phase.5 埋葬された真実

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 その言葉を皮切りに九王沢さんはメモを取り出すと、僕の話を聞きながら、『ランズエンド』の内容を的確に解体していった。それは確かにまるで、遺体の腑分けだった。  九王沢さんは熟練した監察医のように、一つ一つの文章を、表現を、展開を取り出していき、そこに接着された不自然なものと、本来僕が表現しかかった「やむを得ない」ものに切り分けたのだ。なんとその場で、である。  彼女の判断には、恣意的な流れはもちろん、一度の迷いもよどみもなかった。書いた本人が自分のことだって中々分からないのに、九王沢さんは、恐るべき直感力で、僕の感性を切り分けていく。一つとして彼女の判断に、異を唱える部分がなかったと言うのが、驚異的だった。  みるみるうちに『ランズエンド』が、原型に立ち戻っていく。 「問題は接合された展開に、なかったことにされた本来の進行です。このお話では、主人公の男性を見限った女性には、密かに関係を始めていた別の男の存在がたびたび暗示されます。  それはすでに初期の会話からも、伏線が張られていることですが、彼はこの時点ですでに相手の態度からそれを追及できるだけの材料を持ち合わせていました。しかし、主人公がその事実をはっきりと認識させられるのは、その場ではなく別離を決意してから、半月も経って後のことです。しかも彼はそれをなんの葛藤もなしに無条件に受け入れ、相手に対してそのときもう、何の感慨も持たなかった、と描かれています」  九王沢さんが感じたことは、皆が感じたことの範囲内にまだあった。そこで僕は、反射的に言い返した。 「皆にとっては不自然かも知れないけど、そう言うときってあるんだよ。それって後でやっぱりあそこでもう少し粘ってしがみつけば良かった、とか未練を持つのと揺れ動く、表裏一体の感情で」  僕は似たようなことを依田ちゃんに指摘されたときの逃げ口上をそのまま述べた。そう言えば依田ちゃんもそこはさんざ追及してきた。
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