Phase.5 埋葬された真実

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「主人公が初めから運命に対して受動的なのには、意味があると思うんです。まずすぐに指摘できるのは、彼が受け入れがたい現実に対して受身になるまでの過程が抜けていること。依田さんが指摘したように、そこには『異化』と『同化』がせめぎ合う過程があったはずなんです。分かりやすく言えば、いわゆる『納得』と『拒否』が。しかし、彼は一切の葛藤もなく、ただその過程から出た『答え』だけを持ってそこに立っています」  九王沢さんは僕の様子を見ながら話を続けた。  僕は応えなかったが、その指摘は確信を得ていた。  あの流れに翻弄されるばかりの主人公の造形。  もちろん。それには理由がある。実際僕は、過程を経ずに、その答えだけをいきなり渡されたからだ。人智を超えた未来の人工知能が決定する、不可避の人間の運命のように。検算不能の答えだけをぽつんと渡されたのだ。過去を掘り起こして描くなら、僕はもう、そこから始めるしかなかったのだ。  とりあえず僕はそれをそのまま話すことにした。なんと、作者が分からないと言うのだ、それは読者にとってはお門違いの尻の持ち込み方だっただろう。普通の人ならだれしもが眉をひそめたに違いない。しかし、九王沢さんの反応は僕が予想したものとは違った。 「とても、興味深いです。実はその答えがまず、聞きたかったんです。わたしもこの主人公に対しては同じように、感じていましたから」  と言うと九王沢さんは本を開き、あるパートを僕に見せた。 「となると、やはり台詞の価値が鍵になるのではないでしょうか。ここには、相手側の女性と那智さんが関わった本当のやり取りが書かれているはずです。わたしが注目したのは、この部分なんです」  九王沢さんが選び出したのは、主人公が彼女を説得しようとするシーンだった。 「あの受身な主人公が、相手の気持ちを変えようと、珍しく自分から言葉を投げかけてきます。しかし、相手からはにべもなく、こう返されて話を打ち切られるのです」
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