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だめだ。これまでの玉砕例を振り返っていると、自分はそれ以上の痛手を被る気がしてきた。いや、僕的にはだめでもいいんだけど。後日からの依田ちゃんの、人格否定につながりそうなほどのバッシングとパワハラが怖い。
腕組んで歩いていると余計、切なくなってくる。僕たちは、なんだかカップルを装って潜入してるみたいだ。この、後ろめたい気分。思わずぼやきたくもなる。
「こうしてると、本当の恋人同士みたいなのにな…」
「えっ…」
すると、九王沢さんは突然身体を離すと、はっとしたような顔で、僕に言った。
「わたしたち、もう本当の恋人同士、じゃなかったんですか…?」
その切ない視線で僕の中の時間が数秒、停まった。待て冷静に考えろ。例えば孤独な数字、一とその数でしか割れない素数とかを数えながら。三、五、七…よし、理性を保てた。
「…それ、もしかしてネタじゃないよね?」
「ネタでした、すいません…」
ネタなのかよ!?
「でも、こうやってデートして、那智さんと二人きりでお話が出来るのは嬉しいです。それは本当です」
「そ、そう」
「依田さんがいたら、わたし、那智さんに突っ込んでもらえないじゃないですか。だから今日はいっぱいわたしとお話しして、沢山突っ込んでください。その代わり、那智さんの行きたいとこどこでも着いていきますから」
「僕の行きたいところ…?」
ラブホ?じゃない、家だ。家に帰りたくなった。依田ちゃんの言うゴールでもなんでもなく。今、一番行きたい場所は一人で閉じこもれる場所だった。
「わたし、ずっと憧れだったんです。依田さんみたいに、那智さんと二人、仲良くお話出来ることが」
「そっか」
でもそれ、恋人にならなくても出来るよね、と言う言葉をあわてて呑み込んだ。なぜならその後で九王沢さんが、僕に聞こえないようにそっとつぶやいたのを、ちらりと聞いてしまったからだ。気のせいじゃなかったら、彼女はこう言っていた。
「…今はわたしだけ、わたしだけの那智さんだ…」
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