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「那智さんって、わたしのこと好きですか?」
いきなりの根本的質問だ。赤レンガ倉庫街の前を通り抜けて、山下公園に向かう道の途中のことだった。ちょうど横浜税関の前辺りからそこは道が長い歩道橋になっていて、山下公園裾野にあるコンビニまでずっと、海を見ながら歩けるようになっているのだ。
行く手に浮かぶ海上の大桟橋を見ていた九王沢さんだが突然、さっきまでいた場所に忘れ物をしたのを思い出したような顔で振り返っての、核心をついた質問だった。
「そ、そりゃ好きだよ」
僕は絶句しかけたが、どうにか間をおかずに答えられた。
「だからデートに来てるんじゃないか」
すると九王沢さんはまた、あの天使の笑みを見せた。
「ありがとうございます。ではそれは、後輩じゃなくて、友達じゃなくて、と言う前提でよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
あ、後は恋人だけだ。動揺を隠しつつそう言うと、
「じゃあ、わたしのどう言うところが好きですか?」
と、すかさず切り返された。考えてみればそれ、一番答えにくい質問だった。
「なんて言うんだろ。…その、頭いいし、かわいいし」
「他には?」
「えっと…」
絶滅危惧種に近い超絶お嬢様なのに我がままで高慢だなんてところ微塵もなく、清楚だし、素直だし包容力あるし、皆の注目の的だし。さらにはHカップ…いや、それ本人の前で言えないだろさすがに。でも後は、とことん最低な表現しか思いつけない。
「ちょっ、ちょ、ちょっと待って…」
僕が口ごもっていると九王沢さんはなぜか悪戯っぽく笑って、
「ごめんなさい。その辺で十分です。正直、すっごく答えにくかったと思います。わざと、意地悪な質問をしましたから。悪気はなかったんです」
その時、氷川丸の汽笛の音がした。正午を知らせる引退した汽船の時報に、彼女は反応したが僕から視線を外さなかった。二人でちゃんと会話が出来なくなるのを警戒して注意を払っただけだ。案の定、その無遠慮な横槍が収まるのを待って、彼女は言った。
「よく判りました。でも今のそれ全部、那智さん自身の言葉じゃないと思います」
絶句した。
だってどう考えても僕はそれに、反論する術を持たなかったからだ。
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