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「なんであのとき会って頂けなかったのか、ずっと考えてました。やはりわたしはまだ、未熟だったからでしょうか。足りないものがあったからでしょうか。お答えを頂けなかったので、そのせいだと思うことにしました」
ちなみにこの件。
「それは違います!」
と声を大にして叫びたかったが、絶っ対出来なかった。
だってあのとき九王沢さんにせがまれて、依田ちゃんは何度もその場で僕の携帯に電話したらしいのだが。
白状します。その頃の僕ですか。つぶれた酒屋から捨て値で在庫を仕入れたと言う先輩のうちに上がり込んで、ウイスキー、焼酎、日本酒で、朝から晩まで爆酔してました。
だって製本後の読み合わせ段階であれだけ酷評されたし、刷った分なんて到底、はけやしないだろうから、持ち回りのめんどくさいカウンター当番をついサボってしまいますた。…かくして依田ちゃんは激怒して、一ヶ月ほど口を利いてくれず、一世一代、空前絶後の本気の反省文を提出してようやく許して頂きましたのです。
などと言う裏事情は、死んでもこの子には言えなかったからだ。
て言うか、それなら逆に思いきって聞きたいくらいだ。
「九王沢さんは、なんでそんなにこの作品に興味持ったの?」
九王沢さんはそこで初めて、ミステリアスな表情を浮かべた。
「この作品のテーマには、一つの啓示があります。それがすごく気になったからです」
「啓示…?」
もちろんぴんと来なかった。
「それだけじゃありません。もっと何か、大事なことが」
「大事なこと?」
そして首を傾げた僕に、
「例えば」
彼女は続けて言ったのだ、
「そこに、隠された構図が」
「え…?」
「違ってましたか?」
心臓をぐさりと刺された気がして、僕は顔をしかめた。なんでか今の瞬間。他のことはおっかなびっくり健気一途な彼女が、なぜかそのときだけとても確信的犯的な声音を出したから。
「何かあったかな…?」
「よく思い出して下さい」
その表情の変化を九王沢さんはまたあの不純物のない笑みで受け止めていた。
「それは追い追い、お話しましょう。お互い、時間のかかることでしょうから」
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