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Phase.5 埋葬された真実
どこから話したらいいだろうか。どうやって話そう。その言葉を自分に投げかけてみて、ふと現れてきたのはある女の子の映像だった。
すでに三年以上ぶりになるその記憶は、もう僕自身のものですらない。
記憶の片隅に引っかかっているのは、ほとんど実感すら失い、断片的な欠片としてジャンクの中に突っ込まれているような、今の僕にとって置き捨てられた映像だ。
彼女の話をしよう。
僕の中で、ある女の子の映像そのものがゆっくりと、瞳を閃かせた。
(そうだ)
彼女のことについて、まず僕は九王沢さんに話さなければならないんだった。
目を閉じて僕は、彼女の断片的な思い出を仕舞い込んだ映像を解凍した。
まだ、何とか思い出せはする。
陽にきらめいて少し赤い、肩まで伸びた髪、それに山なりに分けられて白く光るおでこ、切り詰めたように細められる透明な光を集中した眼差し。
西日の中で振り向く、薄いフリルのワンピースをまとった華奢な身体つき。
陽に蒸れた咲き初めの花を思わせる、まだ青臭さを感じる甘酸っぱい香り。
突き刺さるような訴求力を持った声。
そして僕に話しかけた言葉の数々。
これらはもう、喪われた。どこにも繋がることがなくなってしまった。
僕にとって、だけじゃなくて今、生きているはずの彼女にとってもそれはもはや、完全に今ある現実から途絶した記憶への手がかりなのだ。
「結構、事情が複雑なんだ」
結局、言いわけをするように、僕は口を開いた。
「どこから話したらいいか、分からないからとにかくいちから話すよ。だから」
きっと長い話になる。
この短時間で、僕たちがどこまで気持ちを共有できるかは分からない。何しろ、これから僕たちが潜ろうとするのは、物凄く深い場所だ。本来は物語ですらなく、それがはっきりとした形を採る以前の。でも、僕はそこへ、潜ることに決めた。
日常の光が届かないほど、垂直に掘り込まれた、とても長い意識のプールに。普段、小説を書くなら、そこには自分の身の丈ほどにしか潜らない。息が続かなくては、戻ってこれなくなってしまうからだ。その水槽の底にうっかり落とした指輪ほどの何かを、僕たちは頭を下に、どこまでも潜って取ってこなくてはならないのだった。
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