Phase.4 ランズエンドでもう一度

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Phase.4 ランズエンドでもう一度

 知られたくなかったら、書かなきゃいい。  九王沢さんがはっきりとそう言ったわけではない。だが彼女の鋭い切り返しはそんな風に僕には聞こえた。意図するしないに関わらず、僕にとってそれはひどく挑発的な売り言葉に買い言葉だったのだ。有体に言えば、かちんときてしまったのだ。 「どうしてさ…」  自分でもその声が、必要以上の怒りを帯びているのが分かった。でも、それを止められなかった。 「どうして君にそこまで言われなきゃならないんだ!?」  場違いだとは分かっていた。そして相手は九王沢さんなのに。つい、僕は感情を激し、強い声で返してしまったのだ。でも、九王沢さんも九王沢さんだ。 「どうして?」  僕の剣幕に怯まず九王沢さんは、逆に真剣な表情で挑んできたのだ。 「だって、わたし、あの『ランズエンド』から、あなたが込めたかった気持ちの欠片を見つけました。とても切ない、誰にも伝わらないと思い極めるほどに切り詰めた気持ちの痕跡を。あなたが、あれを書いたんですよ?…わたし、わたし、だから今ここにいるんです。なのに、どうしてあなたは、あの作品に込められた気持ちを誤魔化し続けようとするんですか?あなた自身が諦めたばかりに(おとし)めてしまった言葉を、自分の力で、今度こそきちんと取り戻そうとしないんですか!?」  あの九王沢さんもついに声を荒げた。鋭く見開かれたその瞳に薄くにじむ涙さえ、今の僕の目には、うとましく思えた。 「甚だしい思い上がりだな。僕の書いたものを読んで、僕のことがみんな分かったって言うのか!?君だけは特別な人間だから、選ばれた存在だから、僕ごときの気持ちなんて簡単に分かるんだって、そう言いたいんだよな!?」 「わたしは、わたしの意志でここにいるんです。誰に選ばれる必要もないし、誰かに評価されるためでもない。わたしが、あなたを、もっと知りたいから!あなたにも、わたしのこと、分かってほしいから!それの何がいけないんですか!?」  九王沢さんは押し殺した声で、僕に毅然と言い返した。 「へえ、そいつは良かったな。立派なもんだ」  僕はわざとらしくため息をつくと、さらに大声を張り上げ、 「で、僕は何でも知ってる君になんて言えばいいんだ?さすがは九王沢さんだね、全部正解ですよって認めてひれ伏せばいいのか?!」
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