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訪問者
渋谷駅のガラス窓の向こうに、とりどりのネオンや映像が瞬いている。
信号が変わると同時に、一斉にスクランブル交差点を、大量の人々が動き出した。
正一はスマホから目を離すと、じっとその光景を見つめた。
スーツ姿の彼が、目前のガラス窓に写り込んでいる。
その日は、仕事の帰りだった。彼は新調したネクタイを、ガラス窓を鏡にしてもう一度直すと、ジャケットの内ポケットに手を差し込んで、一通の封筒を取り出した。
「……」
開けて、チラッと中を覗いた。
「劇団四季 ライオンキング」と書かれたチケットが、二枚入っている。
それまで、舞台やお芝居などに何の興味もなかった自分が、最近ようやくにして手に入れたものだ。
彼はどこか祈るような気持ちで、そのチケットをじっと眺めていた。
帰宅する人々や、これから夜の街に繰り出そうとする人々で、そんな彼のまわりは慌ただしかった。しばらくそうして待っていると、行き交う人々に混じって、一人の女性が正一の方に足早に近づいてきた。
その姿に気づくと、彼は急いで内ポケットに封筒をしまいこんだ。
「……待った?」
聡美はそう言った。正一は、咳払いを一つした。
「いやーー」
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