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聡美のその日の服装を、彼は上から下まで、ざっと眺め見るようにしてみた。ぴったりとしたデニムに、平凡なプリント柄の入ったグレーのTシャツ。その上に、男物のような黒のジャケットを羽織り、靴は履き古したパンプス。肩には白のトートバッグをかけている。
「……」
「どうしたの」
「ああ、いや」
要するに、これはきっとまた、いつもの普段着なのだ。職場と自宅の、繰り返しの往復の際に部屋着のままではまずい、といった程度の。
そんな彼の、落胆したような視線を感じているのかいないのかーー聡美は黙って横を向くと、ガラス窓の向こうの風景にじっと目をやっていた。その姿が、くっきりと窓に写り込んでいる。
「お腹、空いてるだろう?」
試しに正一は、そう言ってみた。聡美は微動だにせず、少しのあいだ考えている。
「ううん。別に」
あっけなくそう答えると、彼女は首を振った。
正一は、ひどく残念そうな顔をしてみせた。その日行く店も、渋谷や恵比寿で二、三、候補を上げておいたのだ。
それとももしかするとーー聡美はまだ、あの日の夜のことを、気にしているのだろうか。
この、一連の彼女の素っ気のない態度は、だから彼には、大方予想がついたものでもあった。すると自然、なるべくそういう不満げな顔はせずにおこう、と心づもりしてしまうようになるし、それ以上余計なことを言うのも良くない、とも考えてしまう。
でも、その予防措置もあまり、役には立たないようだった。彼の表情には、その無念さがありありとにじみ出ていた。
やっぱり少し、やり過ぎてしまったか。
一方の聡美は、依然澄ました顔で、そんな正一のことを、つまりはあの夜のことをーーまるで気にもしていない様子だった。
矛盾するようだが、彼にとってはそれが、せめてもの救いと言えば救いになるのだった。
それに、もしあの夜彼がしたことを嫌うのであれば、何故引き続き会おうとするだろう。その説明がつかなくなる。
……全く。女というのは何を考えているのか、ちっともわかりゃしない。
正一がつくづくそう思うのは、まさにこういう時だった。
「じゃあ、行こうか」
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