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正一は立ち止まったまま、ひどく不満げに、その後ろ姿を眺めていた。
「……どうしたの」
聡美は平然と振り返ると、片手を腰にやって聞いた。
……まったく、いったいいつになったらそのノリは、自分の前から綺麗さっぱり、消えてなくなってくれるのだろうか。
チーン、と古めかしい、気の抜けたような音が鳴ると、エレベーターのドアがゆっくりと開いた。聡美は澄ました顔で先に乗り込むと、階数のボタンを押し、いまだロビーで立ち尽くしたままでいる、正一の方にもう一度顔を向けた。
見ると、エレベーターの中は、何故か気になってくるほどに、照明が暗くなっていた。中にいる聡美の眼窩に、暗く影が落ちている。
正一は怪訝な顔で、しばらくその中を覗き込んだ。
「ほら、早く」
……ほら、早く、か。
正一はようやくその薄暗いエレベーターに乗り込むと、扉の「閉」のボタンを押した。
音を立ててエレベーターが上がっていく間、聡美はボタンのあるパネルの側にもたれ、顔を背けるようにしていた。
正一は、その背後に立っている。
階数表示の数字だけが、いやに暗いエレベーターの中で、鮮やかに明るく光り輝いていた。
「今日は仕事は、忙しかったかい」
そう聞いてみた。
「……」
聡美は、俯いたままでいる。
「予約が……いくつか重なったから」
素っ気なく答えた。
「そうか」
と、そのとき正一は、何かに気づいたように、鼻を何度かクンクンと鳴らした。
「あっ……」
「えっ?」
「もしかして、ニンニク臭い?」
正一はおどけるように笑った。
「いや、違うよ」
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