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聡美の耳たぶを甘噛みしていた正一は、ふいにそれをやめた。
二人はぎこちないように、しばらく黙り込んだ。正一は聡美の肩に顎を乗せると、そっと優しく耳元で囁いた。
「好きなんだろう? 料理の仕事」
「うん」
「それはずっと、続ければいいんだ」
ならば、このもう一つの仕事の方は、どうさせるつもりなのか。
まだ正一の中では、はっきりとした考えはまとまっていない。
でも、どうとでもなるさ。
二人を包んでいる暗闇に、正一はふいに気づいたように目をやった。
「ねえ私……家じゃあんまり、料理しないかもよ」
「いいよ、そんなの」
聡美の耳元に、ぴったりと顔を近づける。そして、後ろから強く、しっかりと抱きしめた。
「ちゃんと付き合ってくれないか、俺と」
それまでひたすら貝のように口を閉ざしていた聡美は、やがてコクリと小さく頷いた。
途端に正一の表情が、パッと明るくなった。
☆
腰にバスタオルを巻いて、機嫌良さげにベッドに足を組んで座ると、正一は缶ビールのプルトップを音を立てて開けた。と、そこに髪を下ろしながら、体にバスタオルを巻いた聡美が入って来た。
そのとき、入り口の方からコンコン、とノックの音が聞こえてきた。
聡美は立ち止まると振り返った。
正一はギョッとした顔をした。
枕元のデジタル時計を見ると、十一時半を少し過ぎたくらいである。
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