第一章-1

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 雪トは一向気にせず、指をもう一本立てる。 「第二に、俺がわざわざ問うた意味を考えてないことだ」  ほれ、と雪トが懐から丸い鏡を取り出したのを見て、火白は首を傾げた。 「いいから、覗いてみろって」  言われるがままに覗き込み、火白は固まる。そこに映っていたのは、火白の顔ではない。 『お久しぶりです、火白さま』 「久那……」  鏡に映っていたのは、ほころび始めた桔梗の花のような笑みを浮かべた、美しい若い娘だった。艶やかな長い黒髪が、陶器のような白い顔を縁取っている。 『事情は、あなた様から送られた文で理解しています。雪トさんを頼む相手に、私を選ばれたときは、嬉しく思いましたよ』  静かに淡々と、たおやかな姫は鏡の向こうで言葉を紡いでいた。この鏡が何か、火白は知っていた。確か、久那の里に伝わる二つでひとつの鏡で、持っていれば鏡を通じて言葉を交わすことができるという宝だったはずだ。 『ですが』  久那の眼が、ざんばらに切られた髪に向いた。 「あのな、久那……。これはだな」 『いえ、わかっております。今までのお話は、すべて聞いていましたから』  ちらりと見ると、雪トはやたらさわやかな笑みを浮かべていた。 「あんたが文で俺のことを姫さんに預けてたんだから、俺の主は姫さんになってたわけだ。ま、主に橋渡しを頼まれりゃ、従者として嫌とは言えんだろ」  つまり、久那と繋がった鏡を持っていることを隠して、ここで交わしたやり取りをそっくりそのまま伝えていたのである。 『事情はわかりました。では、私もついて行きます』 「は?」 『問題がありますか?許嫁についていこうというのです。……では、雪トさん。私とるりがそちらに着くまで、火白さまをしっかり捕まえておいて下さい』 「あいよー。でも急いでくれよ。俺よりよっぽど強いからね、このお人」  承知していますよ、という笑顔と共に、鏡の中から久那の姿は消えた。鏡のような表面には、火白の背後の星明りだけが光っていた。  鏡が、火白の吐息で曇る。鏡を、横に座る従者に返した。 「……怒ったか?」  火白は答えずに、煙管をくわえて白い煙を口から吐いた。
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