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第一章-2
白い煙が河面の上を流れて消えるまで、火白は一言も口を利かなかった。
「いや、な。怒ってはおらん。昨日までのおれを、ちょっと殴ってやりたくなっただけだ」
弾みをつけて、火白は立ち上がった。
「おれとお前だけなら、根無し草でも良いが、久那とるりが来るならまともな家を構えんとな。江戸でなんぞ仕事でも探すか」
「できんのかねぇ。主、働いたことあったか?それに人の中でやるんだぞ」
「痛いところを突くな、お前。やってやれんことはないだろう。江戸は大きいところだから、紛れて暮らす妖もそれなりに多いと聞いたぞ」
煙管を懐にしまったそのとき、ふと火白は気配を感じ取った。それも、なんとなしに剣呑なにおいがする。雪トも同じく異変に気づいたらしく、表情が引き締まった。
「おい、誰だ、そこにいるのは」
声と共に、雪トは拾い上げた石を無造作に投げた。木の幹に当たった石は、木陰に潜んでいた何者かを驚かすに十分だったらしい。
「わぁっ!」
情けない悲鳴と共に、転がり出て来たのは、町人風の身なりの男である。
「し、失礼いたしましたっ!く、喰わないで下さい!」
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