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「は、はい。鬼の血を、大皿一杯に飲めば、きっと病は治るからと」
元々鬼の血は、世間に知られてはおらぬが万病の薬なのだと、その女は言った。非常に美しく、浮世離れした美貌に、幸七郎は心が動いたそうな。
しかし、鬼の血である。
薬屋に行けば手に入るものではない。そもそも、幸七郎にとっては鬼など絵草子の中でしか見たことはなかった。
どうすれば手に入るのかと、途方に暮れた幸七郎に、女はさらにあることを囁いたそうだ。
「この川に、氷上というところから流れて来た鬼が出るのだと、そう言われました。今晩行けば、川原に出る鬼がいると、青い髪の若い鬼に頼み込めば血を分けてくれるだろうと」
幸七郎は懐から、白木の鞘に収まった小刀を取り出す。見た瞬間に、火白の背中にぴり、と痛みが走った。退魔の刀というのは本物であるらしい。
「勝手な話を抜かすな。退魔の刀で斬られて、無事で済む鬼がいるものか。まして、血を寄こせなんて」
退魔の刀を見て怒りがぶり返したのか、雪トは男を睨みつけていた。普段は黒い瞳の底に、鬼の証である金色の光が瞬いている。それを見て、幸七郎はまたもごくりと喉を鳴らした。
だが、逃げ去る気はないのか、そのままお願いいたしますと繰り返すばかりである。
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