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その名残りが残っているせいか、火白は生まれつき人と仲良くしたかった。友になりたかった。里にいる他の鬼たちのように、どうしても鹿や猪と同じ食い物と見ることができなかったのだ。
爪で引き裂かれる鹿の鳴き声には、何の痛みも感じずにその血を啜るくせに、人に助けてくれと言われると、どうしても手が出せなくなるのだ。
人を喰わねばならない氷上の里のしきたりも、本音を言えば血生臭いと閉口していた。
幼い時分には、人里へ隠れて勝手に下りてしまって、里人の子らと遊んでいた。
結局角を見られて石を投げつけられ、泣いて帰って来たからばれたそうだが、そのときも人間を喰っていないどころか、傷ひとつつけられなかったし、まったく懲りずにあちこちへ足を伸ばしてもいた。
それでも、百年もの間火白が里で後継ぎの若様と呼ばれていたのは、偏に父の次に強かったからだ。
腹違いの弟の風吹であろうが、その他の人を喰ってきた古株の鬼であろうが、皆火白よりも弱かった。
相撲を取れば投げ飛ばせたし、刀で斬り合いをしても、火白のほうの動きが速かった。
あほうの若様というあだ名に、蔑みではなく親しみが籠っていたのはそういう訳であったのだ。
だが、いよいよ百年も経って、これはまずいと親父殿は思ったのだろう。
完全な鬼になったと認められるための儀として、人の肉を喰らうことは欠かせぬものだった。それができぬとなれば、他の者に示しがつかぬ。よって、どうでもこうでもお前は人を喰え、と言って渡されたのだ。
それに、喰いたくないから喰わぬ、と答えたために、始まったのは親子喧嘩である。どうであっても喰え、喰えぬのなら里を出ろ、と長である父は言い、上等だこの糞親父と答えたのは馬鹿息子の己である。
結局、一瞬気が緩んだところを投げ飛ばされ、御山の岩に叩きつけられて意識を吹っ飛ばした。
次に目覚めたときには、親父はおらずに、側近のひとりに勘当を言い渡されたのだ。
かくて、氷上の鬼の里の若様だった火白は、寄る辺ないさすらいの鬼になった。
「うん、だがこれはこれで悪くないな」
煙管を懐にしまい、松の枝の上で器用にごろりと横になった火白は呟いた。
誰も悪くはない。一等悪いのは、己の性分に凝って人を喰えなかった己だろうと、火白は思っていた。
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