第一章『鬼の青年』

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 そもそも氷上の一族は精気溢れる場所にいるだけで、飢えることもないという鬼なのだから、常に食べ続けて飢えを凌がねばならない人間たちより、よほど便利な体であった。  尤も、その便利さが、わざわざ喰う気の起きない人間など喰わなくてもよかろうというものぐさに拍車をかけているのだが。  ともかくも、火白はふらふらと川沿いの街道を歩いていた。  そこらを行く旅の者たちと変わらぬ格好をして、腰には短い刀を佩いている。  百年を生きてきた火白だが、外見は二十歳半ばにもなっていない人間の男の姿をしていた。  鬼の証である角や牙は、術を使って隠している。普段は真っ黒い瞳の奥には時々金色の光がちらつくのだが、これはよほどじっくり眺められるか、火白の感情が度を越して昂ぶりでもしない限り、見破られることはない。  背中の中ほどまでのびていた青色がかった黒い髪は、親子喧嘩のときにばっさりと短く切られた。髪は神通力の源だといわれるので、切られることはかなりの一大事であるとともに、罰のひとつでもあるのだ。  が、手入れは随分と楽になったし、笠で隠れてしまうほどの長さにはなったからと、火白はこれも放ったままにしていた。
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