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川原に降り立った青年の名を、火白は躊躇いなく呼んだ。
「雪ト?どうしてここにいるんだ?」
「どうしたもこうしたもない。俺のほうが聞きたい。おい、あれは一体どういうことだ?」
柳眉を怒らせている青年を見て、火白はおやおやと肩をすくめた。
彼は名を雪トという。火白の幼友達であり、たったひとりの従者だった。鬼の従者であるからして、雪トも当然鬼である。黒い髪の隙間からは、火白のものよりはやや小さいが鋭い角が二本生えていた。
「雪、それより角が出っ放しだぞ。誰かに見られたらどうする」
煙管でこんこんと火白が己の額を叩いてみせると、ようやく雪トは気づいたらしく、額に手をやった。
どうやら、火白の言葉を聞いて角を引っ込めるくらいの冷静さはあるらしい。しかし、どう見ても怒りに震えている彼を見て、火白は内心やってしまったと少々焦っていた。
「用事を済ませて里に帰ってみれば、あんたはいない。誰に聞こうが、死んだ者と思えと言う。それを聞いて、俺がどう思ったか考えなかったのかよ」
「いや、済まぬ。謝っても仕方ないが、おれからは済まぬとしか言えん」
「それなら説明しろ。一体何をやらかせば、あんたが里から放り出されることになる」
本格的に頭に来ているらしい。火白は煙管をくわえて、ともかく川原に腰を下ろした。
「話が多少長くなるから、まず座れ」
無言で雪トは腰を下ろす。腕組みをして目を閉じた様子は、ちょっとやそっとでは納得できないという意志が現れていた。
凡そ一か月ほど前に起きた騒動の顛末、それから己がどうしていたかを火白が包み隠さず語ると、雪トは深くため息をついた。
「なんだってそうなる。あんたなら上手くやれたろうに」
「うん、そう思ってくれるのは嬉しいが、おれにはできなんだ。それならば、仕方ないだろう」
「仕方ないで済ませられるか。あんたは何も悪事を働いてない!生まれた家を追われるようなこと、しちゃいないだろう!」
己より怒り狂っている従者を見て、火白はのんびり手を振って否定した。
「いやいや、悪事だろう。儀よりも、我を通すほうを選んだおれは、長の器ではなかったということだ。それに、そんな半端な兄がうろついていては、邪魔だろう。誰にとっても」
「だからと言ってな……」
雪トには納得がいっていないらしかった
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