4/9
前へ
/44ページ
次へ
ぼくは都内の大学に通う、大学四年生だった。 大学四年生ともなれば、就職活動が活発になる時期だ。 ぼくの周りの人間たちが一様に、髪の毛を黒く染め、リクルートスーツに身を包み始めたあの時期。ぼくはなんともいえない気持ち悪さを感じたのを覚えている。 だいたい、大学生だからという理由で髪の毛を染める奴ってなんなのだろう。就職活動が始まって黒髪に戻すぐらいなら、初めから黒髪を貫けばいいのだ。そっちの方が髪の毛だって痛まないし、無駄なお金だってかからない。大学に入学した当初は、髪を染めていないのがマイノリティみたいな感じだったのに(ぼくは四年間で一度も染めなかった)、そんな奴らが全員、同じような恰好をして、同じような髪型になる。違和感しかなかった。何かがおかしいと思った。むしろもう、狂っているとすら思った。でも具体的に、何がどうおかしくて狂っているのかは分からなかった。もしかしたらそんな考えを持ってしまうぼく自身が一番狂っているのかもしれなかったし、おかしいのかもしれなかった。 三月。四月。五月。 時間が進むごとに、同期たちはどんどん、内定を会得していった。 一応ぼくも、就職活動なるものをやってみたりもした。 なれないスーツを着て、生まれつきの激しい癖毛を、ワックスでガチガチに固めて、面接に臨んだ。確かあれば、某出版社だったと期待している。元々本を読むのは嫌いではなかったし――ぐらいの理由で、エントリーをしたのだ。 面接で、訊かれた。 「君は我が社に入社して、一体どんな本を創りたい?」 どんな本を創りたい? そう訊かれて、ぼくは――。 答える事が、出来なかった。 しかし、当たり前の話だったのだ。 そこは出版社。本を創り、売り、お金を生み出す事を生業としている組織だ。 そこで働きたいという人間には、大なり小なり、絶対的にこんな本を創りたいというイメージがあって、そしてだからこそ、ここに居るわけで。 ぼくには、無かった。 むしろその段階で、その事実に気が付いたぐらいだ。 そして、気付いた更なる事実。 根本的な、ぼくという人間の欠点。 ぼくには根本的に、やりたい事なんて無かった。何も、無かったのだ。 数日経って、当然の如く出版社からはお祈りのメールが来た。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加