プロローグ

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退屈な講義の終わりを告げる教授の言葉に、学生たちは機敏な動きで教室の出入り口に殺到する。とてもそれまで寝ていた者とは思えないその瞬発力に、僕は呆れながらも感心した。高校までカリキュラムに縛られていた僕らが大学生となり、突然主体性という蜜を与えられるとかくも堕落してしまうとは、なんと嘆かわしいんだろう。  なんて、心の中ではやれやれと嘆息しながら、寝ていたせいでほとんど空欄のままのレジュメを手早くファイルにしまうと、僕もまたいそいそと教室を出ていく人波に加わる。  大学入学からはや二ヶ月。今では僕もまた、御多分に洩れず立派な堕落学生の仲間入りを果たしていた。いや別に立派ではないか。  教壇では教授が「質問がある人は個別に対応しまーす」とか言ってるけど、恐らく誰一人聞いていない。皆颯爽と教授を素通りして教室を出ていく。申し訳ないけどもちろん僕もスルーした。あいにくそんな殊勝な人間ではないので。  これもまた主体性の行き着く先なのだろう。どうやら大学というところでは、その言葉で色々なことがまかり通るらしい。遅刻も欠席も主体性、だ。主体性こそ人類史上もっとも偉大な発明ではないだろうか。エトセトラ。 「御黒くん」  半分寝ぼけた頭でそんなくだらないことを考えていた僕は、名前を呼ばれて何の気なしに顔を向けた。そして、  ――げっ、と人に会った時の反応としては最上級に失礼な反応が自然に出そうになった。  その見透かすような瞳で覗き込まれ、寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。 「確かに、主体性は大事よね」  にこり、とその正体を知らなければ可憐と言えなくもない笑顔を向けられ、ゾッとした。 「私も、あなたが例の件について主体性を発揮してくれることを期待しているわ」  彼女は自分の言いたいことだけ言うと、僕の返事を待つことなく歩み去っていく。  まぁ実際のところ彼女には僕の返事なんて必要なかった。  彼女――白瀬咲花は、人の心が読めるのだから。
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