終末の週末

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 老人はそういうとカウンターの奥にあるキッチンへと引っ込んだ。私は腕を伸ばし、カウンターの横にある本棚から適当に一冊本を手に取った。ここには老人の趣味で集めた本から、客が持ち寄った本が置かれている。そのほとんどが喫茶店にいる時間で読み切れるように短編集ばかりだ。  紙がすれる音だけが鼓膜を揺らす。目に通される文字列を私は頭の中で復唱していく。  一人の女性の悲哀を描いた作品だ。同棲していた彼が失踪し、二人で暮らしていた部屋に取り残された彼女は、残された彼氏のモノを毎日一つずつ燃やしていく。そうすることだけが、女性の生きがいになっていく。  一つ一つモノを手に取るたびに、思い出が浮かび上がり、燃やすことで消えていく。 シングルベッドを捨て、彼の温もりを消して、大切にしていたカメラを捨て、彼の姿を消し、一緒に購入したテレビを捨て、彼の笑い声を消して、携帯を捨て、彼との繋がりをまた消していく。 「そうして彼と出会っていなかった私を取り戻していくのだ」  ふと漏れた主人公の台詞が、口どけ良く私の中に吸い込まれていく。 「面白いかい。それは」  怪訝そうな顔で老人が手元の本を見ている。「俺も読んだが、いまいち面白さが分からんな」 「まだ、途中ですが、結構面白いですかね」ページを捲りながら私は答える。 「感性の違いかね。俺にはさっぱりだ。ほらご注文のカレーと、珈琲。あとお冷な」 「ありがとうございます」     
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