終末の週末

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 飛んできた声に返事をして、私は本に触れる。装丁が剥がれかかった古い本は、なんだかよく手になじむ。最近は電子書籍なんてものもあると聞いた。書籍をデータ化し、印刷や製本、流通のコスト削減や、省スペースを図ったものだと。手元に情報端末があれば、手軽にどんな時も読むことができるというのは確かに魅力的だが、私には、この乾いたページを捲る感触が何よりも読書における魅力なのだと思う。捲る先に物語が続いていて、少しずつ減っていくページに切なさを覚えて、最後のページを捲り読み終えたとき、ざらつく用紙の感触から余韻が広がっていく。ただの文字列が暖かく温もりを持ち、脳内に溶けていくような感覚が、話に聞く電子書籍では味わえない気がするのだ。……なんて、情報端末を持たぬ私の言い訳だろう。  私は本を開いて、意識を溶かしていく。  何も持たなかった。情報端末は何故だか持つ気にはなれなかったのだ。不便だよとよく言われた。それどころか、持っていない事を驚かれることもしばしあった。話題についていけないことはもちろん、知らないといけなければならないことも知れなくなると。常に変化していく世界では情報は己を守るため武器だ。それを捨てる行為は愚かだとしか言えない行為であることも、十分理解はしているつもりだった。「なら、どうして?」と問われ続け、「知らなくていいことを知ってしまいそうだから」と絞り出した言い訳は誰にも言わなかった。  すべて捨てたはずであったのだ。温もりも、姿も、笑い声も、繋がりも。消して、何も知らない自分を取り戻したはずだったのだ。なのに、私はいつも探してしまう。  彼が好きなのどかな田舎町で、彼が好きな落ち着いた雰囲気の喫茶店で、彼が好きだった甘いカレーを食べて。彼の姿を探してしまっている。     
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