終末の週末

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 誤魔化すように、手を付けずにいた二杯目の珈琲を飲む。液体が喉を通り、おなかへと流れていく感触で気が付く。あれほど感じていた満腹感が消えている。不思議に思って店にある時計に視線を移すと、時刻は三時半を差していた。カレーを食べ終えたのが十二時を回ってないくらいの時刻であったから、四時間近くも経っている。 「私、ずっとボーとしていたみたいですね」 「心配になるくらいにな。まあ、俺も寝ちまって今起きたばっかりなんだけれど」  それでも老人が目を覚ましてから三十分ほどは呆然としていたらしい。それで心配になって声をかけたというのだ。 私は何をしていたのだろうか。目元をもう一度拭って思考回路を回す。意識が混濁しているが、少しずつ状況が理解していく。 「私、自分が思ったよりも感情豊かだったみたいです」  結論を導き出して、私は笑みを浮かべて見せた。  どうやら、読んでいた本に、正確にはこの本の主人公に、大分感情移入をしていたようだ。作品の登場人物である『彼』の事を思って心を痛めるほどに。 「そんなにか」  呆れた表情で老人は私を見た。彼の眼には鼻をすすりながら笑っている私の顔が映っていることだろう。 「……まあ、良いことなんだろう。その本面白かったって事だろ」 「ええ、とても面白かったです」 「良かったら、貰っていきな。その本も嬉しいだろうし」  少し迷って、私は「じゃあそうさせてもらいます」と口を開く。老人も満足そうに頷いてくれた。本を鞄に入れる。     
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