終末の週末

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「さてと」ノートに書いてある目的地を確認する。『案欄』という自宅からは遠いが、贔屓にしてある喫茶店がある。定年を過ぎた老人が趣味でやっているとした喫茶店だ。自宅兼用でやっている店なので外からは分かりにくいが、落ち着いた雰囲気の内装と、水出し珈琲がおいしいお店だ。昼時にはランチサービスがあり、そのメニューの中にあるカレーがまた私のお気に入りであった。家の周辺を散策していた時に見つけ、試し半分といった気持で入った店であったが、今では立派な常連となってしまっていた。  路地を抜けて、大通りへと出て、そのまま直進していく。人通りはない。それどころかいつもはまばらに走っているはずの車ですら見当たらない。  沈黙した街に流れるBGMは私のヒールの音だけだ。コツコツコツと規則的なリズムが、響き渡る。なんとまあ、退屈な音楽だろうか、これでは観客も飽き飽きだろう。  私はリズムを崩し、不規則に音を鳴らす。それに合わせて、歩幅もまた不規則に変わっていく。小刻みに歩いて、速足で鳴らして。飛んで大きく音を響かせ、足を挫き、無様に頭から倒れた。  変なことをするんじゃなかった。強く打った鼻頭を手で押さえながら後悔する。 涙目になりながら、ゆっくりと立ち上がる。コメディ劇だったら、観客の笑い声でも届いているだろうか。残念なことに何の音も私の耳には届くことはなかった。  歩き始めて、数十分。大通りから外れ、また民家が立ち並ぶ狭い路地を突き進む。右へ左へ。曲がりくねった道なりを間違えないように、何度もノートにメモした地図を確認し私は足を止めた。  観葉植物がやけに並べられた店先。手作りの看板には『案欄』と走り書きのような文字が書かれている。私は息を大きく吐いた。     
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